2003年2月例会報告

親が親として育つために、どうしたらいい?

経営理念が優先され、教育理念がないがしろにされてしまう

q      規制緩和の1つとして、企業が学校をつくることができる特区を設けると言っているが、経営者の都合でやめられるような学校ができては困る。

q      PTAのことをぜんぜん知らない人でも、企業の利益を追求するような学校だけはやめてほしいと言っている。

q      企業が参入するようになると、目先の利益だけ追求するから、高い教材を使うなど内容がどうしても割高なものになる。いれものや目に見えるものが高くなる。

q      学校ってつぶれないものと今まで思ってきたけど、短期大学や専門学校でつぶれているところがある。

q      少子化になって入学者が少なくなると、私立学校は経営が立ち行かなくなる。学校施設を常に充実させるなどの投資を行うための利潤を上げていかないと、入学者も増えてこないだろう。企業がやるようなことはすでに私立学校で行われているのではないか。

q      経営理念が優先され、教育理念がないがしろにされてしまう。

q      途中で学校がつぶれてしまったら、子どもたちへの責任は誰が取るのか。子どもたちはあちこちの学校を転々としなければならないのか。

 

時間をかけて、待つというのは大変なこと

q      子どもがいいように教育産業の犠牲になってしまう感じだ。親は、目隠しされながら、子どものためと言いながら、子どもをいい学校へと行かせようとするのか。親が子どもにとって本当に何がいいのかを考える時、親に選ぶ力があればいいけど、その力が育っていない。

q      先輩に言われたことがいろいろ残っていて、その場になったときに、あの時言われたことはこういうことだったのかと思い当たることは多いよね。

q      その場では見えなくても後で思い出して、「こういうときはこうすればいいんだ」とわかる。PTAはそのときに答えは出ないもの。後々になって子どもが大きくなった時に役立つ意見をいっぱい聞けた。それが本当に財産になっている。

q      あわてないで。もっとPTAで話してほしいと思う。

q      その場で結論を出さないのが民主主義だと思う。決まらないものは無理して決めない。じっくり話し込んで決まらないのなら、次の機会にまた話す。それでもダメなら、決めない。多数決で無理やり決めてはいけない。

q      時間をかけて機が熟すのを待つということね。

q      時間をかけて、待つというのは大変なこと。子育てと同じ。待つことができない大人が増えているということは、子育てに相当影響が出ていると思う。

q      待てないと子育てはしんどいと思う。子どもはつらい。

q      セミだって、羽化するまで1年間は眠っている。羽化したら羽が出てきて飛べる。本当に待つって、苦しいけど大切なこと。でも一番苦しいのは子ども。親も苦しいけれど、その苦しさを経験していかないと、親も成長できないのではないかと思う。

q      わが子が結果を出せなくてイライラしている、苦しんでいる。親はそれを見ているだけ。子どもがその苦しみを自分で乗り越えていく経験をいっぱいしていかないと、何かのときに対処できない大人になってしまう。

q      先日テレビで見たドキュメンタリーの番組でやっていたが、40代の人が親の年金で暮らしていて、その親が骨折して入院したら、その男の人はひとり家で餓死していたと。ひとりで生きるすべを持っていなかった。

q      その親が入院するとき、民生委員に頼むということもできたはず。親は誰にも相談できなかったのだろうか。親も孤立していたのだろうか。

q      地域でのつながりを作っていくことが大事だと思うが、それが地域ぐるみの相互監視体制になってしまう可能性もある。犯罪を防ぐためにという名目で。

q      とりあえず、地域に住んでいる人が顔をあわせること。互いに声を掛け合えば済むこと。互いの生活にどこまで踏み込んでいくのか、いかないのか。別にそれほど踏み込む必要もない。

 

社会を見る目をつくるのがPTA

q      以前、連Pの研修会で片岡稔恵さんが講演で「社会を見る目をつくるのがPTA」と言っていた。

q      子どもが大きくなった時に親があたふたしないように、子どもが小さい時から社会参加していくのがPTA。それができない親は、イラク問題に対しても原発問題に対しても目を閉じてしまっている。

q      社会問題を自分の家族の問題として捉えることができない。PTAは女性の社会参加の第一歩と私たちは学んできた。子どものためでなく、子どもが親元を離れたときに自分はどう生きるかということを学ばせてくれるのがPTA。

q      PTAは本当に何をするところかわからないから、前やってきたことをなぞって、結局疲れてしまう。イヤになってしまう。

q      学力低下のことや学校選択のことが話題になったけれど、本当に学力は低下しているのかとか、学力ってなんだろうとか、そういう学習がPTAで全然されていないのではないか。それで報道されていることを無批判に受け入れて、踊らされてしまう。本当にそうなのかと、自分の中でじっくりと確認する作業がされていないような気がする。それをする場がPTAだと思う。

q      本質をきちんと見てきた父母が必ずPTAの中にいて、そこで集まって話をしていると、知恵をもらって帰れる。でもそういう話ができる委員会をつぶしていく動きがあって、話し合う場がどんどん削られていく。PTAという器だけがあって、集まる場がどんどん削られて、知恵を授かる場を自分たちで削っているということにも気づかないで、社会に置いてきぼりにされているということにも気づかないで、自分の子さえ成績が上げっていればいいと、それしか目に入っていない。

q      先生とじっくりと話し合うこともないから、先生への不信感ばかり募る。

q      自分からそういう機会をつくらないと…。でもそういうセッティングができない人が多い。

q      セッティングすることに慣れてない。PTAで講演会などをすると、そういうことを学べる。私はPTAでそういう力をつけてもらった。

q      講演会などを開いても参加者が少ないと言う人がいるけど、それは本質ではない。たとえば15人の参加者が話を聞いて持ち帰ったときに、30人に広がる。広報にその内容を載せればもっと広がる。その場にいた人だけの頭数が問題なのではない。

q      どれだけ広げられるかというのがそのPTAの力だね。委員会でも報告しない、広報にも載せないというPTAだったら、せっかくの話もその場にいた人のものにしかならない。

 

子どもや親の意見を少しも聞かないで、政治の都合だけでどんどん教育を変えていく

q      堂本県知事は、多分学校現場が今どうなっているかを知らないと思うから、連れて来てちゃんと見せなきゃ。自分たちの頃は、40人学級でも50人学級でもやれたから…。でも今は状況が違っている。国で決めてきたことを守るのが先になっていて、子どもが後回しになっている今の学校現場を見ないで、議会でああだこうだと言っても収まらない。

q      こういう状況で何を優先するかといったら、学級人数を守ることではなく、少人数で安定している状況を守ることでしょう。それを訴えていかないと、後で子どもに「あの時お母さん動いてくれなかったの?」と文句を言われてしまう。

q      文科省も、今までの教育施策と全く正反対の施策に変えるときも、なぜ変えるのか、今までの施策が誤りだったのか、説明しない。もし誤りだったとしても、それを認めないし、謝らない。

q      国のやることで目に見えないものは、私たちに嘘をつきとおしている。教育についてもそう。目先のいいことばかり言っている。

q      親も含め、国民みんなが良く見ていかないと。教育基本法の「改正」だって今初めて出てきたものではない。先日亡くなった山住正巳さんの「日本教育小史」を読み返してみたのだけれど、本当に日本の戦後の教育はアメリカの政策転換によってコロッと変わってしまっている。アメリカとソ連の冷戦構造ができてきて、そのことによって、アメリカにとっての日本の位置づけが変わった。池田―ロバートソン会談にあるような、日本に防衛力をつけてもらわなくては困るというアメリカの政策転換によって、50年代の教育三法の強行採決だとか、勤評とか…戦後の教育が180度転換してしまった。

q      そういう歴史的な流れを見てくると、教育というものがその時の権力によって政治的に利用されていかに変わってきたかということが良くわかる。子どものことを考えた教育改革は一度もされてこなかった。親はそれを知るべきだと思う。

q      子どもや親の意見を少しも聞かないで、政治の都合だけでどんどん教育を変えていく。

q      子どもたちの抱えている問題や社会的な問題をあたかも解決するかのような名目をつけて変えてくる。そして変えるたびに教師への締め付けがきつくなってくる。

q      父がシベリアに抑留されていた時に、なぜ自分がそこにいるのかがわからなかったと言っていた。戦争が終わって、武器を解除されて、日本に帰れると思っていたのに、連れて行かれたのがシベリア。何でそうなったのかがわからなかったと。それがテレビで、敗戦のとき上部の人が自分の命と引き換えに労働力としてソ連に渡してしまったということをやっていた。それを父が見て、「ああ、そうだったのか」と呟いていた。私の望む社会は、自分の生き方を自分で決められる社会、自分の思ったことを実現できる社会だけれど、知らないうちに自分が望む社会と違う社会になっていた。父が生きてきたあの時代と少しも変わってないのではないかと思う。

q      表向きに言われる目的が、額面どおりに受け取れないというのは、非常に悲しい。表裏のない政治をしてもらいたいと思う。

q      私たちのことは私たちが決める!

q      そのためには情報公開と説明責任が果たされないと。

q      マスコミの責任は大きい。情報を得た専門家や市民が、マスコミを頼らずに独自のネットワークを使って流していくことが大事。

q      自分ができる意思表示のしかたで、どんどん意思表示していくことね。

q      一人一人の力はまだまだそんなに小さくない。

q      変えられるのは私たち国民しかいないのだと自信を持つべき。

q      松P研のホームページを見て、全国各地からメールが来る。旧態然とした後援会的なPTAで、お金の使い方がおかしいとか、意見を言っても全然変わらないとか、いろいろ。でもそれがおかしいと思う人たちが、これだけいるというのは捨てたもんじゃないと思う。

q      おかしいと思うことをみんなで話し合うことが、みんなの学びになる。

q      PTAが親の育つ場としていかに大事か。親や教師が育つPTAであってほしいですね。社会を見る目を育てるPTAであってほしいですね。