2002年7月例会報告

もしPTAがなかったらどうなるの?

 

≪参加者の自己紹介から…≫ 

子どもは21と19才の2人です。小学校・中学校でPTAに関わってきました。「PTAは絶対必要よ」という言葉と、「PTAはなくても子どもは育つのよ」という言葉の間で、私自身はどちらにも頷きながら、「PTAってなんだろう」と考えてきました。

子どもが小学校3年の時に新松戸に引っ越して来ましたが、子どもが転入した学校にはPTAがありませんでした。前住んでいた所でPTAを経験していたものですから、どうしてないのか不思議でした。松戸では新設校にはほとんどPTAがなく、家庭教育学級があるだけでした。家庭教育学級でも親のつながりを持てるけれども、PTAとはちょっと違うと感じています。今子どもが中学校3年になってから、改めて気がついたのですが、大人同士がつながるのだったら社会活動でつながるのがいいと思っていたのですが、それが自分の身の回りにはなかったのだと感じました。子どもがいなくてもPTAに関われたらいいなぁと思っています。

去年の10月に松戸に引っ越して来ました。前いた学校は新設校でしたがPTAがありました。先生も親も子どももうまく関われるようなPTAでした。でも今の学校はPTAがありません。PTAを作るための準備会に入っています。「PTAがなかったらどうなるの? PTAがない今のままではダメなの?」と良く聞かれます。

5年生と3年生の子どもがいます。私も準備委員会に入っています。上の子が入学した時からPTAがありませんでしたので、PTAがないのが当たり前だと思っていました。最近池田小の事件のように、物騒な事件が起きていますが、何らかの組織があってすぐに対応できた方がいいのではということから、学習をはじめています。

去年保護者会のクラス役員をしていた時に、池田小の事件があって、パトロールをしたいということになりましたが、なかなか出来ませんでした。そういうパトロールもPTAという組織がなければできないと感じました。

今年の1月から松戸市の教職員組合の中に教育センターができました。そこで教育相談活動を担当しています。この6ヶ月の間に、2つの学校から「PTAを作りたいのだが、どういうふうに作っていったらいいのか」という相談を受けました。私自身も、小学校の教員だった時に、新設校でPTAを作るという経験があります。1年間かけて準備をして、内容的にもかなりのPTAができました。
学校評議員制度というのが、今文科省の政策として始まっていますが、松戸市ではあまり強力にはそれを進めてはいないと聞いています。学校評議員制度というのは、これからは地域の人たちの意見をたくさん取り入れた学校づくりをしていくという名目で、地域の人たちの意見を聞くために校長先生が個人的に指名して学校評議員になってもらう。その人たちが集まって話しあって、そこで決まったことを校長先生が意見として取り入れていくというものではありません。下手をすると、校長先生にとって都合のいい人を選び、都合のいい意見だけを取り入れる制度になってしまうという危険性も指摘されています。PTAから推薦された人を評議員として選任してほしいという取り組みをしている地域もあります。これからは日常のPTA活動がいかに充実しているかどうかが勝負になってくるだろうと思います。

今年初めて広報委員になりました。PTAに積極的に関わる方と、そうでない方との間にはかなりの温度差があります。総務の方からも、皆がPTAに参加しようと思うような特集を組んでほしいという依頼がありました。

PTAはあるのですが、委員のなり手がいないなどの問題があります。選挙管理委員会からも、PTA役員の選出がスムーズにいくように協力してほしいという要請が広報委員会へありました。 

≪役員に推薦するというのは、友だちを売るような感じになって…≫ 

まず、立候補者を募ります。それからPTA会員全員に無記名で推薦をしてもらいます。今年は学年に関係なく全体から誰かを推薦しました。役員に推薦するというのは、友だちを売るような感じになって、誰も推薦しないという人が多いです。推薦されると互選会にいくのですが、互選会に行くと断れなくなってしまうので。

私のPTAでも、同じように選出しています。でも役員に推薦する時は、こういう人に役員になってほしい、この人が役員になってくれればエネルギッシュに活動してくれるだろうというような期待を込めて推薦するので、仲間を売るというような感覚ではないのですが。

推薦する側はそうなのですが、推薦された側はかなりショックと言うか…。 

≪同じ地域に住む人たちが

子どもを通してどうつながっていくかを考えていくのはPTAの大きな仕事≫ 

どこのPTAにも、名称は色々ありますが、学級・学年委員会と地区委員会があります。この2つの委員会がPTA活動の大きな柱ですね。地区委員会はたいてい地域から選出されます。

地区委員会の仕事は、地域で子どもたちがどういうふうに育っているかとか、どういう環境の中に子どもたちがいるかというようなことを考えることですね。それから地域の人同士のつながりをつくるということがあると思います。先程出たパトロールは、この地区委員会で行っているところが多いです。パトロールは必要ない、パトロールをしなくても済むように地域の人たちが皆で子どもたちを見守るという姿勢の方が大切という意見もあります。私自身もパトロールの必要ない地域を作ることが大事だと思っています。ただ、子どもたちの通学路や学区内の公園などの安全チェックという目的で、私が関わった校外委員会ではパトロールを行っていました。

パトロールを全くしないPTAももちろんあります。

学校で集まってする活動と地区の仕事は違うなぁと思います。地区委員会では子どもたちを集めていろいろ交流の場を設けたり、親同士が集まっていろいろ話しあう地区懇談会を行ったりしています。

私の住んでいる地域は団地で整備されているし、広い公園もあるので状況は違うかもしれませんが、学校から帰ったら親の責任だということで、心配なら親が迎えに行ってやればいいということがあって、でも皆で見て心配がないか皆で注意しようねというのが合言葉になっています。

池田小の事件の後、まずパトロールをするためにPTAをということだろうと思いますが、ただ地域をどういうふうに作っていくかというのは、PTAがそういうことを語り合う大きな場になると思います。同じ地域に住む人たちが子どもを通してどうつながっていくかを考えていくのはPTAの大きな仕事だと思います。PTAがないと地域のつながりというのは持ちにくいと思います。子ども会や自治会という場もありますが、学区内の子どもたち全員を見ていくというのはPTAしかありませんね。

私たちが子どもだった時と比べると社会状況は大きく変わっていて、危機管理の問題は今強くあると思う。いろんな人たちといっぱい話さないと状況は見えてこないと思うし、間違った方向へ行ってしまう危険も感じる。いろいろ皆と話し合うということがとても大事だと思う。 

≪クラスで何か問題があった時は、

学年学級委員が中心になって問題解決のために何かしますね≫ 

学級委員になった人は、いつもアンテナをはっていて問題が起きたらすぐキャッチできるようにしています。例えばクラスにいじめがあるらしいとキャッチした時は、担任の先生と連絡を取り合ったり、皆で話あって解決しなければいけないと思ったらクラス懇談会を開いたりします。そういうことの中心になるのが学年学級委員です。PTAがないところでは、そういう問題が起きた時どのようにしていますか。

そういう問題が起きた時、結局は解決できないまま時間が過ぎていくという感じでした。クラス委員に音頭をとってもらって懇談会を開ければいいのですが、PTAという組織がないと力不足だなぁと感じます。

去年クラスでいろいろ問題が起きて、学年崩壊というような状況になりました。相談する場所がなかったものですから、クラス委員のところに苦情処理係のように全部来るのです。それで先生に相談してもなかなかうまく聞き入れてもらえなくて、上から抑えつけられ、一緒の立場で話し合えなくて、結局教育委員会へ行ってしまいました。ここまでしなくても、まずPTAがあればもっと方法があったのではないかと思いました。そうでないと、先生と話し合いができなければ教育委員会へという形になってしまいます。大変な思いをしたので、ぜひPTAを作りたいという気持でいます。相談したくても相談する場所がどこにもなかったのです。一緒に考えてもらえる先生がいないので、同じところから話ができる場がほしかったです。 

≪校長先生や教頭先生も同じ1人の会員として対等な立場≫ 

PTAがある学校でも、PTAの趣旨に沿った活動が日々されているかどうか、そうでない学校もあるようです。教師を代表する役員に誰がなるかという時、殆どの学校は教頭先生がなっていると思いますが、根木内東小の場合は教職員部会というのがあって、教師代表の副会長は、PTAは教師の地位・職種に関係なくみんな権利も義務も平等だということで、校長も一緒になった教員の中で互選で選びました。そして代表になった先生が、先生方の意見を集約してPTAの役員会へ持って行くというシステムができていました。役員会が午前中からあるとか、午後1時からあるというようなことを聞きますが、それでは担任をもつ先生は役員になっても会議に出られません。そういうのを見ると、役員は担任でない先生がなって当然ということだと思いますね。規約の中に地区委員会などと同じように専門部会として教職員部会があって、教職員のPTAに対する要求をまとめて、ちゃんと持っていくセクションがあるというのはとても画期的だったと思います。

校長先生や教頭先生も同じ1人の会員として対等な立場という位置づけで活動できているPTAは少ないかもしれません。校長先生の一声で決まったことが変えられてしまったり、広報紙が検閲のようなことをされてしまったりということを、いまだに数多く聞きます。

卒業式の「日の丸・君が代」をどうするかということで、先生方と校長先生が何度も何度も話し合いをしてもなかなか折り合いがつかなくてということがありました。ある日突然校長先生が夜PTA役員全員に「明日臨時の役員会をやるので集まってください」と電話したんですね。何ごとが起きたのかと役員が集まると、「卒業式に日の丸・君が代をやるように私がお願いしても、先生方がなかなか納得しないので、PTAの役員のお力をお借りしたい」と言い出したんですね。それに対して会長が「規約の中にたとえ校長先生や教頭先生でも、役職のためにPTAに働きかけるということをしないという一文があるのをご存知ですよね。もし私たちPTA役員会で日の丸・君が代をやらないと決めて、そうしますといったらどうしますか。PTAが決めたことによって学校が動かされる事態になってもいいですか」と、静かな口調で校長に迫りました。校長先生はなんの反応も出来ませんでした。しばらくの沈黙ののち、「わかりました。これで終わりにします」と言って、臨時の役員会は解散になりました。重要なことは規約の中にきちんと決めておくというのは大事だと思いましたね。先生方や学校のがんばりには干渉しないというか、学校のやり方は先生方がよく相談して決めていくことであって、いいとか悪いとかと教育内容については口出ししていかないということを決めておいた方がいいと思いますね。

でも、例えば日の丸・君が代をどう考えるかということをテーマにPTAで学習したり、話し合ったりということはとても大事なことだと思います。

PTA総会などで、子どもたちを主役ということを考えた卒業式にしてほしいと言うことは大事だと思います。

PTAが学校とは別の独立した組織として、会員の合意ができれば、きちんと申し入れすることは大切なことだと思います。それを受けて、学校はどうするかということをきちっと話し合いをした上で、学校としての姿勢を示せばいいのではないでしょうか。

学校側と同じ土壌に立って意見を交わして、いかに子どもたちの教育環境をより良いものにしていくか話し合いたいけれど、なかなかむずかしい。 

≪PTAは対等な立場で皆がそこに行って、そして自分の意見を言って、

話を聞けて、会話ができて、という場≫ 

一番子どもに関わる親が、子どもの代弁ができる親が、子どもの教育環境を良くしてほしい、子どもが通える学校にしてほしいということを言える、PTAがないとそういうことをなかなか言っていけない。

相談を持っていける場がないと、問題はそこだけの話になって、知らない人は全然知らないし、そんな狭いところで問題を話していると、どうしても個別の問題としての話になってしまう。

閉じられているところで話し合っていると空気がよどんでしまう。PTAっていろんな人が集まっているから、いろんな風が吹く。だからそこで初めて気がつくこともあるし、子育てにとても役立つところもある。

自分が子育てにつまずいている時ほどそれを感じますね。悩んでいるのは自分だけではないと孤立しないですむし、先輩のお母さんから経験談も聞ける。

我が子は小学校の時に不登校になったのですが、最初のうちは午前中だけ行ったりと、不規則に登校していました。懇談会でそういう状況を話すことで、クラスのお母さんたちに、ありのまま受けとめてもらえるようになったし、理解も得られるようになりました。「地域で我が子を見かけた時も特別扱いしないで、他の子と同じように接してください」などということを頼むこともできたし、親も子どもも地域でつながっていくためには、PTAが大事だと思いました。PTAがあるからこそ学級内のコミュニケーションもとれていけると思います。担任の先生と私の話し合いだけでは、なかなかそこまでいかないと思う。担任の先生も懇談会で我が子の状況をきちんと話してくれた。その時ほどPTAが私にとって重要だと思ったことはありませんでした。

ありのままを話せないでいると、当事者も疑心暗鬼になって不安になってしまう。ありのままをさらけ出すことでかえってホッとするんですね。親も居場所が必要なのです。

機能しないPTAでも、あればそこにいる人たちの思いで機能させることはできる。

あって当たり前だと思っているし、PTAがあることで子どもたちが水際で守られていることに気づいていない。なくなると目に見えて困ってくる。だから続けていくことが大事。

PTAのないところでは、PTAの必要性がなかなかわからない。PTAは面倒くさい、大変だという噂だけが聞こえてきて、PTAがあってとてもよかったという話がなかなか伝わってきていない。

PTAを作ったり、PTAを機能させていくのは、非常にエネルギーのいることだけど、エネルギーを使ったら使った分だけ、自分たちの地域がとても暮しやすいところになるのは確かなこと。1人の問題にしないで皆で語り合えば、一つの問題についての認識が皆で共有できるし、1人がオープンにしていくことで皆もオープンにできる。子どものことが語り合える場、親の悩みが語り合える場にしていくことが大事。 

≪親が学校に入る時IDカードを下げなくてはいけなくなったんです≫ 

今、うちの学校で問題になっているのは、池田小の事件の後、親が学校に入る時IDカード(名札)を下げなくてはいけなくなったんですね。そうした安全対策をどうするか話し合うのに、ずいぶん時間をかけたようです。保護者全員のIDカードを作るのに、一部は学校からお金が出たんですが、全員の分は出せなくて、残りはPTAの会費から出して作ることになりました。

うちでも「PTA」と書かれた札をぶら下げることになりました。反対したんですけど。親が学校に出入りすることで、そういう事件からも子どもたちを守ることが出来るから、名札のようなものを下げることで親の出入りが少なくなったらどうするのかと。でも安全が第1だからと実施されました。

名札を付けている人は良い人、付けてない人はそうでない人と子どもたちに区別させることになるのではないか。名札を付けてない人には気をつけなさいということになる。

門扉をしっかり閉じて学校を守ろうというやり方と、逆に門扉を取り払い、地域の人が何時も出入りすることで子どもたちを見守る目を増やそうというやり方の両方がありますね。

マンションが多い地域で、新しく越してくる人が多い中で、なかなかコミュニケーションを密に取れませんから、どんな人が地域にいるのかなかなか知り合えません。地域の人がもっと学校に出入りしてもらって、一緒に学校つくりをしたいというのがあるのですが、そこまでいくには時間がかかります。

中学校PTAで行うパトロールは、子どもが悪さしないかどうかを監視するものになっていますね。子どもを取り締まるという視点ですね。

小学校の場合は、パトロールをしても地域で遊んでいる子どもたちの姿を見かけることが少なくなっているので、あまり意味がないという意見が多くあります。

一度決めたらその形をずっと守っていくのではなく、何をしたら子どもや親や先生にとって一番良いことなのか、それぞれのPTAで話し合って決めていくことが大事ですね。 

≪役員のなり手がいない。激務に近いものですから…≫ 

クラスのコミュニケーションはクラス懇談会でとれると思うのですが、対学校ということになると窓口は総務委員会ですね。会長・副会長・会計・事務局と合計8人の本部役員がいるのですが、こうした役員のなり手がいない。激務に近いものですから。そこが改善されないかと思うのですが。

総務委員がなかなか決まらないので、PTAなんかなくてもいいのではないかという意見が出てきています。総務委員になる人は、他の人から推薦されてなってきているので、イヤイヤ来ている人が殆どなんですね。しかたなしに受けた人が殆どなので。もちろん一生懸命やってくれているのですが。総務委員以外は普通の会員で、何もしない。その差がとてもありすぎます。

例えば議事録作るのが大変なら、会員に「議事録作ってくれる人いませんか」と呼びかけたらどうでしょう。委員や役員ができなくても、「それだけなら家でできるからいいわ」と応じてくれる人もいるかもしれません。

役員・委員選びの選出が困難というのが、どのPTAも抱えている悩みだと思います。役員の仕事が大変なので、実行委員会形式をとったPTAがあります。広報や成人委員会のような常置委員会をおかないで、企画委員会だけを作ったそうです。会員から提案された企画をこの委員会で検討して、決定するそうです。その企画の実行は提案した会員を中心に行うということです。(詳しくは松P研の会報270号を参照してください)役員の仕事が大変ならば、PTAとしてどうしてもやらなくてはいけないこと、役員がやらなくてはいけないことは何かを皆で見直して、誰がやっても良いというような仕事については会員皆に関わってもらうようにすれば良い。

「役員をやりたくないけれど、しかたがないからやる」という気持だけで負担になる。やりたいと思ってやるときは、どんなに忙しくても気持の上で負担にはならない。だから皆がやりたい仕事で関われるような工夫が必要でしょうね。

小さな子ども連れでも参加できる、気軽に休めるような状況をつくるということも必要。クラスから1名と決めないで、やれる人がいればどんどん参加できるようにするということをしてもよいのでは。もっと臨機応変な枠づくりが必要。

役員を置かないで、運営委員会で仕事を分担するという方法はできないでしょうか。

先日新聞に出てましたが、会長制を廃止して、3人の共同代表を置くことにしたPTAがありました。

責任というのが重くて、そこから回避したくて嫌だとなってしまう。本当はその責任をきっちり取るということがないと、一つの組織として機能しにくいと思うのだが、それが邪魔をしているのであれば、皆で責任を分かち合うというのも方法だと思う。

教師も教師本来の仕事以外のことで、今とても忙しく疲れきっています。教師本来の仕事を充実してやれるように、やりがいをもって教師本来の仕事ができるようにしていくことが大事だと思います。PTAの仕事もたくさんあって大変ならば、やはり今本当に必要なものは何かという見直しが必要だと思います。 

≪公教育の充実を求めるということはPTAの大きな目的な一つ≫ 

PTAというのは、子どもたちが通う学校の施設や環境や人的な配置をきちんとしてほしいというような、公教育の充実を求めるということも大きな目的な一つです。今30人学級を実現してほしいという署名活動をしているのですが、これはPTAで取り組むべき仕事の一つだと思っています。今年ボーダーライン学年を抱える市内の小学校2つが署名活動をしましたが、PTAとして取り組めなかったそうなのです。本当はPTAで力をあわせてしていくことだと思います。

PTA連絡協議会も本来の機能を果たしているとは言えないのですが、そういう場で他の学校のPTAと情報交換ができるのも、PTAがあればこそです。

学校のトイレを直してほしいとか、破損場所を修理してほしいとか、そういう要望を学校と一緒になって行政に出していくのもPTAの仕事だし、PTAがあればこそそういうこともできるのです。

PTAから要望して、横断歩道をつけてもらったり、カーブミラーをつけてもらったり、ということもできます。個人で要望するより、PTAという組織で要望した方がきちんとした対応をしてもらえます。

PTAにはいろいろなことができる可能性がありますから、皆さんで知恵を絞って、ぜひ楽しいPTAにしてください。