三春町学校見学記

 さる3月8日、福島県三春町の学校改革を実際に見てみようという計画が実現しました。前日の夜に三春入りし、8日は朝から学校見学に向かいました。 

コミュニティスクール中郷学校

 最初に訪問したのは、有名な滝桜や三春ダムのすぐそばにある中郷学校です。学校のパンフレットによれば、中郷学校は、「三春ダムの建設によって、地区の再編成が迫られたことから、新しいまちづくりの構想が樹立され、学校教育と生涯教育及びまちづくりは一つという願いのもとにコミュニティスクールとしてスタート」したとのことです。同じ敷地内に幼稚園・公民館・体育館、そして小学校の4つの施設が並んで建てられており、それぞれが連絡通路で結ばれています。平成2年に建てられたそれぞれの建物は、ダムを見下ろす高台にあり、陽光を浴び、明るくて開放感のある印象を受けます。

幼稚園の園長・副園長は小学校の校長・教頭先生が兼任しており、幼稚園の子どもたちは昼食の時間になると、小学校の1つのコーナーへやってきて、食事をするとのことでした。

公民館は分館で、分館長は週に2回やってくるそうです。そして公民館の調理室は小学校の家庭科などにも使われているということです。

体育館は、小学校の体育の授業で使われるのはもちろんですが、地域の人たちも利用します。

このように、建物だけでなく、その中身もそれぞれが独立していながら、密接なつながりを持っていました。ただ、公民館の利用がまだまだ少ないというのが課題であると、教頭先生が話していました。 

中郷小学校

 中郷小学校は、各学年8〜19人で1学年1クラス、6学年全部で78人という小規模校です。

玄関を入ると、建物内のあまりの明るさにまず驚かされます。教頭先生に出迎えられ、校長室へ向かいました。(校長先生はあいにく外出中でした)校長室の隣にはガラスばりの仕切りの向こうに教務センター(職員室といったところでしょうか)があります。教務センターも全てガラスばりで、子どもたちからも中が見えるし、中から子どもたちの様子も良く見えます。

建物は全てこのような調子で、閉鎖性がまったく感じられません。

 さて、いよいよ教頭先生の案内で学校内を見学です。

教務センターから、左手下に多目的ホールを見ながら通路を進むと、低学年の子どもたちのオープンスペースです。その入り口付近に、木枠で囲まれた6畳くらいの広さの『デン』(隠れ家という意味を持つ)があります。

その先に、低学年3クラスの教室が並んでいますが、従来の教室の廊下側にあたる部分の壁がありません。廊下にあたる部分がオープンスペースになっており、何台ものパソコンや、作業テーブルといす、本棚などが置かれています。見学に行った時、2年生の子どもたちがそこで作業をしていました。そして1年生と3年生はそれぞれの部屋で先生が黒板を使っての一斉授業。壁がなくても、他の学年の子どもたちが視野に入っても気が散ることなく、集中している様子でした。

「オープンスペースがあるということで、子どもたちの活動は自然に広がる」と教頭先生が話していました。例えば授業の中で、パソコンを使う必要が出てきた時も、すぐそばにパソコンがあっていつでも使えるし、棚などの備品は全てキャスターが付いて可動式になっているので、必要に応じて配置を換えることができるし、教室からすぐに飛び出していけるフットワークのよさもあります。総合的な学習の時間などでは特に、こうしたオープンスペースのメリットが生きてくることでしょう。

「学校と家庭・社会とのギャップをなくしたいと考えています。学校でも子どもたちが家庭にいるときと同じように生活してほしいと思っています。家庭では、食卓のそばにテレビやパソコン、本棚もある。必要に応じてあっちへ行ったり、こっちへいったりして生活している。学校で学んだことは家庭や社会で生かせるようにしたいのです」

「教師の気持ちをオープンにするには時間がかかります。でも学校の校舎がオープンになっているので、情報が自然に飛びかいます。担任が、クラスの問題を自分だけで抱え込むことは物理的に無理です」

という教頭先生の話には、とても納得できました。

そして、「全校生徒78人ですし、いろいろな活動を縦割り集団で行っていますから、担任している子どもたちも、そうでないクラスの子どもたちも同じように見ていくことができます」とも話しておられました。 

その他、うかがったお話の中で印象に残っていることをいくつか。

v        各学校から1人、校長会から1人、教育委員会から1人で構成する三春町学校教育研究員会があります。(三春町の学校研究員設置規定によると、定例教育研究員会議は隔月1回開かれており、この制度は昭和57年から実施されているようです)今ここで、新しい学習指導要領のもと、教育課程はどうあるべきかという検討をしているとのことでした。

v        三春町は人口約2万人。学校は小・中あわせて11校。中郷小学校ができた頃は三春町の予算の三分の一が教育予算だったそうです。今は十分の一程度だそうです。

v        毎週金曜日は校内研修を持たなければならないことになっているそうです。中郷小学校では、先生は全部で11人なので、皆で共同研究することが多いそうです。大規模校では教科ごとに研究しているようです。

v        「先生がオールマイティと考えるのは間違っている。教師にもそれぞれ専門分野がある。校内研修の際にボランティアとの関わりを話し合うこともあります。共通理解をはかるためにたえず話し合うことが大切です。」

v        「七夕集会などで、幼稚園児との交流もあります。老人会の人たちが学校外でも子どもたちを対象とした交流活動をするようにもなりました。子どもたちがいろいろな人と関わることで育つ部分が多い。」

v        「小規模校では子どもたちがおおぜいの中でもまれることが少ないという意見がありますが」という質問に対し、「子どもたちに活気があるかないかということは地域性もあります。中郷地区は、地区の中でのつながりが濃いので、子どもたちの表現がおとなしいです。町場の子どものような積極性はないかもしれません。でも対外的な場に出た時、ものおじすることはありませんでした。学校を訪れる人も多いですし、オープンスペースで人から見られることになれているのかもしれません。私も中郷小に来て大規模校では見逃しているものがとても多いということに気がつきました。小規模校では子どもたちを深く見つめ、深く関わることができます」
また、集会活動を大事にしているとのこと。小規模校だからこそ、全校児童が集まることが容易にできます。異学年交流が密に、日常的に行われているということです。おおぜいの中でもまれることだけが子どもたちの成長を豊かにするわけではないと私は思いました。

v        校舎の中央に多目的ホールがあります。その日は午後からPTA総会が開かれるということで椅子が並べてありました。その多目的ホールに隣接して図書コーナーがあります。壁も鍵のかけられた扉もありません。子どもたちが本を読んだり、本で調べたりしたいときはすぐその図書コーナーへ行けばいいのです。じゅうたん敷きの床にすわったり、寝ころんだりして本を読むこともできます。本の冊数は決して多いとはいえませんが、いつでも本に触れることができるというのは大事なことです。『三春町の学校の中心は図書室』なのです。

v        中郷小学校では、チャイムが鳴りません。見学の最中にも、気がつくと授業が終わって、6年生が次の体育の時間のための着替えを始めていました。私はチャイムになれてしまっているので、子どもたちが時間を考えながら次の授業の用意をしている姿に驚きを感じました。

v        教育の中身についても、様々な取り組みがされているようでしたが、私は目に見えるいろいろなことに驚かされて、その中身についてのお話は良く覚えていません。先生方が見学されたらきっとそのあたりが最大関心事となるのでしょうね。 

沢石中学校

 午後からは沢石中学校を見学しました。年度末なので午後はもう授業がありませんでした。12年生は卒業を祝う会(卒業式)の準備を体育館でしていました。

 沢石中学校も、1学年20名前後の1学級で全校生徒59名の小規模校です。教職員は校長・教頭、それに各学年担当2名ずつ、プラス講師2名、養護の先生1名の計11名ということです。

 沢石中学校で一番驚いたのは、教科センター方式をとっているということです。クラスの教室はなく、国語室・英語室・理科室・数学室・社会室・技術美術室・家庭科室・音楽室があります。英語室と理科室はその教科の特性上、壁で仕切られていますが、その他はやはりオープンなつくりになっています。子どもたちは時間割に合わせて教室を移動します。教科室にはその教科に必要な本や資料、教材、プリントなどが備えられています。

クラスの教室がない代わりに、ホームベースと呼ばれるコーナーがあります。ここに生徒達のロッカーがあり、テーブルがあり(冬にはコタツが置かれるそうです)、子どもたちがクラス単位(=学年単位)で集まれるスペースにもなっています。

コンピューター室と図書室は隣り合って、校舎の中心部分の中2階にあり、ここもオープンになっています。私たちが帰る時には、子どもたちが自由にパソコンをしていたり、図書コーナーの机で作業をしたりしていました。このパソコン・図書コーナーから見下ろす一階の部分に、多目的ホールがあります。全校集会などの集会も体育館ではなく、この多目的ホールで行うそうです。ここは吹き抜けになっていますし、大きな窓がたくさんあるのでとても明るい場所です。丸テーブルも置いてあります。その多目的ホールの前が校務センター(職員室)です。ここの校務センターも窓が大きく、開放的です。

建物のすばらしさばかりに目を奪われてしまいましたが、学校の豊かで可能性のある学習活動を保障するためには、こうした入れ物も大事だと思います。どういう子どもを育てていくのか、教育の中身をどうするのか、そうした教育理念を語り合うことがスタート。そこからそれに必要な環境をどう整備するか、そうした過程を経て今の三春町の教育が築き上げられているのだと思います。

 2時間あまりの訪問では、教育の中身までじっくりとお話をうかがうことができません。概要は案内してくださった長谷川先生からお聞きしたのですが、私自身十分それを理解したとは言い難いです。

 今年度から新しい学習指導要領のもと、導入された「総合的学習」の時間を、沢石中学校では5年位前から取り組んでいます。『総合活動』と呼ばれているものがそれです。教科の時間を削って行い、『体験学習』『共通学習』『課題研究』で構成しています。

もうひとつ大きな特色は、モジュール学習です。「モジュール学習というのは、1単位時間を25分(1モジュール)とし、学習内容に応じて学習時間を弾力的に運用するもの」です。(沢石中学校カリキュラム編成資料より)

このモジュール学習は、2000年度には6月に4週間、11月に3週間、そして1月にはパーソナルモジュール学習(生徒が自ら自分の時間割を作って学習する)を3週間行っています。

こうした特徴ある教育内容は、「『生徒一人一人が、いつ、どこで、どんな活動をし、教師がどのような支援をすれば、生徒の生きる力になるのか』を、全職員で考え、実践し、追及する」ことで実現されています。

いただいた資料の『カリキュラム編成資料』や、『教育課程年間計画』などを見ていると、先生方がいかに討論を重ねているかが見えてきます。私は教師の専門性を感じてしまいました。素人の私にはお手上げだという感じがしました。

学校でどんな子どもたちを育てるのかが、きちんと論議され、そのために必要な取り組みが継続して行われているということがよく分かります。

これだけ教育理念がハッキリしている学校だからこそ、いろいろな取り組みができるのだと思います。

松戸の学校でも、これだけの話し合いが教職員の間でできているのでしょうか。 

三春町の教育改革から学ぶこと

v        三春町の教育改革が始まったのは、校内暴力が吹き荒れていた1980年(昭和55年)頃のことです。その当時町長の要請で教育長に就任した今は亡き武藤義男さんは、この問題に向き合う時、子どもたちや先生方がどんな思いで学校生活を送っているのかを知ることから始めました。子どもたちや先生と語り合うことで、子どもたちを取り巻く環境の変遷や問題点を把握していきました。そして現在も受け継がれている『三春町教育委員会の基本理念』が確立されていったのです。私たちが松戸の教育改革を考える時、やはり松戸の子どもたちがいったいどんな思いで学校へ通っているのか、松戸の先生方がどのような思いで子どもたちの前に立っているのか、それを知ることから始めなければなりません。その思いが、三春町から帰ってきて、より強くなりました。

v        三春町の教育改革の理念を具現化するとき、中心になったのは各学校の先生方です。前にも書いたとおり、1982年(昭和57年)に学校教育研究員会を設置しました。そこで研究・検討を重ね、「三春町の教育改革の中心課題は、画一教育を排除し『個性教育の回復』にある」という共通の認識を持ちました。松戸の教育改革市民懇話会の委員に、学校の先生がいったい何人いるでしょうか。先生を抜きにして、学校教育をあれこれ考えるのは、もうやめましょう。もちろん子どもたちを抜きにして、考えるのもやめましょう。松戸市の教育改革市民懇話会でも、「先生を日本一大事にする松戸市に」と提案されていますが、その通りです。先生が夢をもって子どもたちに向き合えるように、先生を大事にしてほしいですね。先生が教育改革の中心的役割を担えるように、大事にしてほしいですね。

v        沢石中学校を見学していて感じたのは、学習の量は松戸の中学校より少ないかもしれないけれど、学習の質は非常に高いものだということです。子どもたちが、毎日の学校生活の中で、例えばノーチャイムや課題研究、パーソナルモジュール学習などを通して、自主的に、主体的に行動し学習することや、協同学習、自己表現などの経験を重ねていくことなど、非常に質の高い学びをしていると感じました。社会に出てからも通用する強い力を得ていくだろうと感じました。大切なのは、学習の量ではなく、学習の質だとハッキリと見せつけられたような気がします。

v        中郷小学校と沢石中学校を見学して、『本当に小規模校っていいなあ』と思いました。小規模校の良さは前に書いたとおりですが、松戸を始め全国では、1学年1学級の学校は統廃合の対象として検討されようとしています。経済的な効率を考えてのことだと思いますが、小規模校は統廃合せずにそのまま残してほしいと思いました。 

最後に、中郷小のパンフレットにも、沢石中のパンフレットにも載っていた三春町教育委員会の基本理念を…。松戸市の教育改革を考える時ぜひ参考に。 


三春町教育委員会の基本理念

三春町教育委員会では、三春町における当初の教育改革推進の柱

@     創造的教育観と教育方法の改革

A     生涯学習や学校教育のための施設・設備の改革

B     地域住民の教育参加

から

@     創造的教育観の確立と教育内容・方法の改革

A     地域住民の教育参加の改革

B     施設・設備の活用改善

とし、

『子どもの夢が育つ学校づくり』『教師の夢が育つ学校づくり』

をめざしています。

 こうした理念を具現化するために、創造的教育観の確立と教育方法の改革の具体的な推進については、各小中学校の教員からなる『三春町学校教育研究員会』(昭和57年に設置)が担当し、施設設備の改革の面では、建築家大高正人氏を会長とする建築家のグループ『三春町学校建築研究会』(昭和58年に設置)が担当しました。

 学校建築研究会では、教えやすさより学びやすい学校空間はどうあればよいかを根底に話し合いを重ね、これまでの概念にとらわれない新しい感覚の学校が生まれました。

学校教育研究員会では、『個性化教育』−「教える」から「学ぶ」へーを研究テーマに、子どもの自立のために学校は何をなすべきかを考え、理論研究と実践研究を進めてきた初期から、現在は、『ねらいのはっきりした教育課程づくりの中の授業改善』という方向を確認し、推進しています。